About Us 私たちについて

01
Statement ステートメント

02
Top Message 代表メッセージ

「創意と工夫」で信頼に応え、
社会から愛される会社を目指す。

代表取締役 足立裕介

求められたことに、挑みつづける。

私たち足立建設工業は、上下水道工事を中心とした事業を手掛け、東京都で暮らす皆さまのライフラインを支えつづけてきた会社です。設立以来、私たちがずっと大切に受け継いできた仕事への姿勢があります。それは、求められたことに挑みつづけること。地面を掘り起こさずに、下水道管のリニューアルができる革新的な技術「SPR工法」の開発をはじめとして、創意と工夫を凝らしてニーズに応えてきた歴史は、会社を支える大事な礎となっています。

これからの私たちは、発注者さんや元請さんからの期待に応えることはもちろん、社会からも信頼される会社にならなくてはいけないと強く思います。次に目指すのは、地域住民の方々に「また足立建設工業に仕事をしてほしい」と思ってもらえるような建設会社です。以前のことですが、長い工期の仕事が終わった際、町内会の方から送別会を開いていただいたという現場担当者が私たちの中にいました。最初聞いたときは驚きましたが、すごく嬉しく、誇らしい気持ちになったことを覚えています。担当者が地域の方々と丁寧なコミュニケーションを重ね、様々なご協力をいただきながら良好な関係を築いたからこその温かいエピソードです。私たちはあくまでも建設業でありますがひょっとすると、サービス業の側面もあるのかもしれません。社会から愛される仕事を、これからも一つひとつ積み重ねていきたいと思います。

建設業界を変革するパイオニアに。

建設業界は今、人手不足が大きな課題となっています。そのため私たちも、人の手で行っていた仕事を、IT化や機械化、ロボット化など効率化を進めている最中です。他の産業に比べてまだまだ遅れをとっているこの業界の中で、私たちは先陣を切ってデジタルな建設会社に生まれ変わります。また、併せて建設業の価値を社会全体に広く伝えていくことも必要です。それは、生活になくてはならないインフラを支える、必要不可欠な仕事であるということ。建設業全体をその通りのイメージに変え、多くの人から支持され、多くの人が集まる業種にしたい。若い人たちが集まらない分野に未来は無いと思うからです。足立建設工業もこの業界の未来を担う一員として、率先して建設業を盛り上げていきます。

裕介社長の手紙 President Letter 社長の想いを綴った手紙を不定期更新中!

03
History 歴史

  • 1914 大正3年 10月

    先代 足立菊次郎が足立組を設立
    浴場などの燃え殻を集めて運ぶ家業を始めた菊次郎。大八車で集めたものは、飯田橋の市兵衛河岸の集積場に運び出していました。今で言うところの産業廃棄物処理の仕事です。やがて従業員を雇うようになってからは、西巣鴨の自宅を宿舎にし、みんなで寝食を共にして働くように。雨が降り続くと仕事を休み、全員で浅草や池袋に遊びに出かけていたそうです。
  • 1962 昭和37年 6月

    株式会社足立商会と改組、工事部・車輌部を新設
    父親菊次郎に代わって社長を務めた勇。燃え殻や残土の収集運搬だけにとどまらず、埋立処分も自ら行うようになっていきました。この埋立事業が、重機やダンプの拡充へとつながり、土木工事業へと発展するきっかけに。当時の従業員数は10名ほどでしたが、徐々に大きな仕事を取れるようになっていきます。
  • 1966 昭和41年 7月

    足立建設工業株式会社と称号変更
    仕事の成果が認められ、東京都下水道局の仕事にも携われるようになっていきました。下水道のことなら何でもできるデパートのような会社を目指し、下水汚泥の運搬処分や公共ますの設置工事、処理場の整備工事などにも挑戦します。1965年には東京都登録業者の資格を取得。その翌年に株式会社化し、本格的な会社の形が整っていきました。
  • 1970 昭和45年 12月

    建設業登録業者の資格を得て、様々な上下水道工事を請負う
    下水道の建設が公共事業の柱として進められる中、当社の仕事も増えていきました。下水道の幹線から各家庭につながる枝線の工事や、下水道管渠の改良工事、水道配水管の工事も請負うようになります。西巣鴨の仕事場も手狭になってきたため、1972年に現在の入谷へと移転。上下水道の仕事がますます本格化していきました。
  • 1982 昭和57年 7月

    初の自社開発製品「防臭リッド」を販売
    都内の繁華街では当時、下水溝からの臭気が問題となり、下水道局に多くの苦情が寄せられていました。その対策について相談された当社は、道路脇のますに内蓋を取り付けるアイデアを考案。防臭リッドというシンプルな構造の製品を開発しました。現場で必要とされるものを、創意と工夫で生み出す。そんな足立らしい姿勢が一つの形になった製品です。
  • 1985 昭和60年 5月

    伏越人孔内浚渫機「TM式水中スクラッチャー」を開発、1号機が完成
    下水道は建設の時代から、維持管理の時代へと変わりつつあった当時。下水道管が河川などを避けるため、サイフォン構造となっている部分に溜まる、土砂や汚泥を取り除くことができないか…という依頼が下水道局からありました。サイフォン構造の人孔は深く、高所作業となり、また、有害ガスの発生が想定される作業環境のため、クレーン車の伸縮式ブームの先端にバケットを取り付けたスクラッチャーという機械を共同開発。今でも進化を続けている製品です。
    ※写真は4号機です
  • 1986 昭和61年 8月

    下水道管渠更生工法(SPR工法)の開発を3社でスタート
    羽田空港の排水管の補修が必要となった際、空港内のため地面を開削せずに工事できないかという要望が出ていました。そこで積水化学、東京都下水道サービス、当社の3社で、下水道管の新しい修繕技術を探すべく共同開発をスタート。内側に塩ビ管をスパイラル状に巻くSPR工法が生まれました。開発は大きな成功を収め、当社も飛躍的に成長していきます。
  • 2013 平成25年 2月

    SPR工法が第59回大河内賞「大河内記念賞」を受賞
    「産業界のノーベル賞」とも言われる大河内賞の中でも、最上位にあたる大河内記念賞を受賞したSPR工法。建設業界として初めての栄誉に輝きました。現在、SPR工法は全国で施工実績を残すまでになりましたが、より安全でよりスピーディーな工法を目指し、まだまだ進化を続けている途中。これからも創意と工夫を凝らし、新しい技術開発に挑戦します。
  • 2022 令和4年 4月

    工事施工成績優良業者として5年以上認定継続中
    東京都下水道局から、「5年間以上工事施行成績優良業者」として表彰を受けることができました。工事の品質の高さや、地域の住民生活にしっかり配慮できているかなど、厳しい条件をクリアした事業者だけが認定を受けられる制度です。5年以上の事業者は都内でも数えるほど。今後も一つひとつの工事の品質を高め、認定の継続を目指します。